HISTORY
第16代会長 山下 秋史 氏 就任(学32)
27代目学部長 井田 洋子 就任(令和7年04月01日~)
2コース・3領域制へ改組し、夜間主コースの学生募集停止(夜間主コース入学定員60名を減らし、うち30名を昼間コースへ振替)
26代目学部長 宍倉 学 就任(令和5年04月01日~令和7年03月31日まで)
第15代会長 喜多村 円 氏 就任(学29)
25代目学部長 深浦 厚之 就任(平成31年04月01日~令和5年03月31日まで)
昼間コースにてビジネス実践力育成プログラムを開始
瓊林会 第14代会長 田中 健一 氏 就任
創立110周年記念誌発刊
創立110周年記念式典・記念講演
講堂(改修)竣工
体育館(改修)竣工
入学定員を90名削減し、昼間6コース制を4コース制へと改組。国際ビジネス(Plus)プログラムを開始
扶揺会館(改修)竣工
社団法人瓊林会から公益社団法人瓊林会に移行
文部科学省「グローバル人材育成推進事業」に採択
24代目学部長 岡田 裕正 就任(平成23年04月01日~平成31年03月31日まで)
経済学部本館(改修)竣工
瓊林会 第13代会長 宮脇 雅俊 氏 就任(学16)
拱橋が登録有形文化財として登録
倉庫が登録有形文化財として登録
瓊林会館が登録有形文化財として登録
創立100周年記念式典・記念講演
23代目学部長 東條 正 就任(平成17年07月01日~平成23年03月31日まで)
経済学研究科博士後期課程(経営意思決定専攻1専攻、入学定員3名)を設置。同時に修士課程は博士前期課程となる。
経営トップセミナー第2弾「福井日銀総裁特別講義」を開催
22代目学部長 杉原 敏夫 就任(平成15年07月01日~平成17年06月30日まで)
片淵総合教育研究棟(新館)竣工
東南アジア研究所(改修)竣工
瓊林会による経営トップセミナー(創立100周年記念瓊林会寄附講座)開講
共用校舎(ゼミ棟)竣工
瓊林会館が長崎都市景観賞受賞
瓊林会 第12代会長 福地 茂雄 氏 就任(学5回)
長崎大学商科短期大学部を廃止
瓊林会が運営する女子学生寮(芙蓉寮)竣工
タイ・チェンマイ大学と交流協定締結
瓊林会 第11代会長 田崎 俊作 氏 就任(経専43回)
経済学科、経営学科、ファイナンス学科を総合経済学科(7コース制)に改組、商科短期大学部を合併し、昼夜開講制を導入
21代目学部長 菅家 正瑞 就任(平成09年07月01日~平成15年06月30日まで)
大学院第1回学位記授与式(修了生14名)
イギリス・シェフィールドハラム大学シェフィールドビジネス スクールと学術交流に関する一般協定を締結
創立90周年記念式典・祝賀会開催
写真:90周年記念アルバム
20代目学部長 式部 透 就任(平成07年07月01日~平成09年06月30日まで)
大学院設置記念式典・祝賀会
長崎大学大学院経済学研究科修士課程(経済経営政策専攻、入学定員15名)設置
瓊林会 第10代会長 土井 定包 氏 就任
19代目学部長 高島 忠 就任(平成05年07年01日~平成07年06月30日まで)
「長崎大学を如何に して魅力ある学部にするか」について教官・学生・瓊林会の三者による意志を統一するための三者懇談会を開催
18代目学部長 都野 尚典 就任(平成03年07月01日~平成05年06月30日まで)
現行の経済・経営・貿易の3学科のうち貿易学科をファイナンス学科に改組
国際シンポジウム開催・創立85周年記念式典
17代目学部長 野木 稔郎 就任(平成02年06月01日~平成03年06月30日まで)
チェンマイ大学との学術交流協定を締結
16代目学部長 園田 格 就任(昭和63年06月01日~平成02年05月31日まで)
15代目学部長 岩松 繁俊 就任(昭和61年06月01日~昭和63年05月31日まで)
創立80周年記念式典
写真:正門の歓迎アーチ
14代目学部長 志津田 氏治 就任(昭和60年04月01日~昭和61年05月31日まで)
13代目学部長 園田 格 就任(昭和58年04月01日~昭和60年03月31日まで)
7月23日の集中豪雨により拱橋傍らの道路階段等の被害
出所:瓊林第61号p.112
大講義室(現講堂)が旧図書館あとに竣工。入口正面の大壁画は諸谷義武氏(当時の長崎支部長)作
出所:瓊林第60号p.61
12代目学部長 志津田 氏治 就任(昭和56年04月01日~昭和58年03月31日まで)
雨天体育場跡に福利厚生施設として学生会館「扶揺会館」竣工
出所:川村邦男[1970]『旧校舎写真(昭和45年撮影)アルバム』
弓道場完成(学園内最古の建物であった旧道場の再築)
11代目学部長 佐藤 好孝 就任(昭和52年04月01日~昭和56年03月31日まで)
創立70周年記念式典挙行、武藤長蔵・浅野金兵衛浄教授のレリーフ建立、70年史瓊林会編『暁星淡く瞬きて-長崎高商・経済学部七拾年史』刊行
表玄関守衛室竣工にともない、木造の旧守衛室はグ ラバー園に移築保存
写真:木造の旧守衛室
出所:川村邦男[1970]『旧校舎写真(昭和45年撮影)アルバム』
10代目学部長 河本 博介 就任(昭和50年04月01日~昭和52年03月31日まで)
瓊林会 第9代会長 永田 敬生 氏 就任(26回)
以後平成6年 経済学部に大学院設置の見通しがつき、現 土 井定包(41回)会長に引継ぐまでの20年間、会長の職にあった。
9代目学部長 児玉 元平 就任(昭和48年04月01日~昭和50年03月31日まで)
瓊林会 第8代会長 池崎 勇 氏 就任(21回)
研究館の内装を改修し、瓊林会館へ改称
附属図書館経済学部分館竣工
8代目学部長 河本 博介 就任(昭和46年04月01日~昭和48年03月31日まで)
商学科を経営学科に改称
経済学部新校舎竣工(鉄筋コンクリート6階建)
写真:現在の新校舎正面
瓊林会 第7代会長 竹田 鉄太郎 氏 就任(18回)
創立65周年記念式典挙行
出所:『創立60/65周年記念アルバム』
貿易学科(入学定員60名)が新設されて、3学科となる。
7代目学部長 重藤 威夫 就任(昭和43年04月01日~昭和46年03月31日まで)
6代目学部長 坂口 幹生 就任(昭和41年04月01日~昭和43年03月31日まで)
創立60周年記念式典挙行
写真:大祝宴会場の様子
出所:『創立60/65周年記念アルバム』
宿寄舎北寮焼失
写真:骨組みだけとなった北寮
瓊林会 第6代会長 原田 龍平 氏 就任
経済学部移転問題が起こり、河野学部長これを拒否、教官・学生・ 同窓会一体となって反対運動を展開
出所:瓊林会・長崎大学経済学部[1965]『長崎高商から長崎大学経済学部へ六十年の歩み』
瓊林会 第5代会長 桝屋 良一 氏 就任
東南アジア研究所落成
出所:瓊林会・長崎大学経済学部[1965]『長崎高商から長崎大学経済学部へ六十年の歩み』
5代目学部長 河野 吉男 就任(昭和37年04月01日~昭和41年03月31日まで)
4代目学部長 塚原 仁 就任(昭和33年04月01日~昭和37年03月31日まで)
瓊林会 第4代会長 松原与三松 氏 就任(10回)
創立50周年記念
写真:長崎駅前の出迎えサイン
3代目学部長 馬場 誠 就任(昭和30年10月01日~昭和33年03月31日まで)
経済学専攻科設置
瓊林会定款改正により会長制となる
瓊林会 第3代会長 富永 能雄 氏 就任(2回)
2代目学部長 野口 洪基 就任(昭和28年10月01日~昭和30年09月30日まで)
経済専門学校最後の卒業式挙行(44回生)、同月末、同校廃止
初代学部長 伊東 勇太郎 就任(昭和24年06月29日~昭和28年09月30日まで)
法律第150号国立学校法設置により長崎大学に包括され、経済学部(経済学科、商学科の2学科、入学定員160名)となる。
戦禍のため1年遅れて創立40周年記念式典を挙行・図書館内に武藤文庫をつくる。
写真:武藤文庫
出所:長崎大学35年史刊行委員会編[1984]『長崎大学35年史』
長崎工業経営専門学校廃止・大東亜研究所を産業経済研究所と改名
11代目校長 大畑 文七 就任(昭和20年11月24日~昭和24年06月29日まで)
学校再開
終戦
写真:全壊の三菱兵器大橋工場
原爆により教官1名、生徒26名の死者を出す。校舎も大被害をうける。
写真:学徒出陣
校名を長崎経済専門学校と改称し、同時に長崎工業経営専門学校を併置
成隣会館を長崎市消防署に譲渡
出所:瓊林会・長崎大学経済学部[1965]『長崎高商から長崎大学経済学部へ六十年の歩み』
研究館を大東亜研究所と改名
10代目校長 田中 保平 就任(昭和17年07月01日~昭和20年11月24日まで)
9代目校長 岩松 五良 就任(昭和17年01月20日~昭和17年07月01日まで)
8代目校長 高田 休廣 就任(昭和16年03月31日~昭和17年01月15日まで)
寄宿舎南寮焼失
写真:初期の寄宿舎
瓊林会 第2代理事長 脇山 勘助 氏 就任(4回)
生徒集会所(扶揺館)落成
瓊林会 初代理事長 西村 宗一 氏 就任(高商1回)
社団法人瓊林会設立許可
創立30周年記念式典挙行、30年史および記念論文集を刊行
写真:創立30周年記念論文集
貿易別科を新設
7代目校長 只見 徹 就任(昭和05年03月28日~昭和16年03月31日まで)
慰霊塔建立除幕式
写真:現在の慰霊塔
開校20周年記念記念式典挙行
写真:記念講演会と祝賀会
出所:1926年卒業アルバム
6代目校長 木村 重治 就任(大正12年12月18日~昭和05年03月28日まで)
5代目校長 田尻 常雄 就任(大正09年05月06日~大正12年12月18日まで)
研究館落成(現在の瓊林会館)
出所:社団法人瓊林会編[1975]『暁星淡く瞬きて 長崎商業高等学校・長崎大学経済学部 七拾年史』
海外貿易科を新設
開校10周年記念式を挙行
出所:長崎高等商業学校編[1935]『長崎高等商業学校三十年史』
4代目校長 山内 正瞭 就任(大正02年12月03日~大正09年05月06日まで)
同窓会誌第1号を刊行
写真:同窓会誌第1号表紙
出所:長崎高等商業学校編[1935]『長崎高等商業学校三十年史』
校旗制定
出所:社団法人瓊林会編[1975]『暁星淡く瞬きて 長崎商業高等学校・長崎大学経済学部 七拾年史』
校歌制定
出所:社団法人瓊林会編[1975]『暁星淡く瞬きて 長崎商業高等学校・長崎大学経済学部 七拾年史』
ボート3隻建造、第1回ボートレース挙行
写真:第4回卒業生在学時の様子
出所:『長崎高等商業学校第4回卒業生30年記念誌』
同窓会設立される。
3代目校長 柴崎 雪次郎 就任(明治42年01月16日~大正02年12月03日まで)
2代目校長 瀬戸 虎記 就任(明治41年10月05日~明治42年01月05日まで)
第1回卒業式を挙行(卒業者77人)
開校式
113人に入学を許可、翌日から授業開始。
写真:初期の授業風景
出所:社団法人瓊林会編[1975]『暁星淡く瞬きて 長崎商業高等学校・長崎大学経済学部 七拾年史』
初代校長 隈本 有尚 就任(明治38年04月25日~明治41年10月05日まで)
長崎高等商業学校創立